
Teresa Rally del grupo Yuyachkani en representación teatral de Antígona
日本とペルーにおける宗教的な習合現象とアイデンティティの比較
1. 序論
本研究では、混淆宗教、いわばシンクレティズム、 という現象はどのようにペルーと日本の思想や文化などにおいてその構造を創ってきたのだろうかということを述べようと思う。その現象は各々の国に文化の背景として、歴史の流れと共に社会に影響を与えてきた。そしてその結果複雑なアイデンティティを作り上げたではないのかと考察する。さらにそのアイデンティティがいったいどのように社会次元に現れているのだろうか。
未だに人類学研究での異国文化の分析では、ある国独自の特徴性を強調しすぎている傾向にある。土着者いわば原住民が「他者」として取り扱われており、細かな共通点つまりその文化で目立たない共通点は注目されていないのではないかと思う。つまり、国々の違いだけを強調しているために互いの文化間の橋になるはずの研究がかえってその橋を壊しているのではないのか。
したがって、「ペルー文化と日本文化のかくれた形」 においてはそれらの文化間の共通点を探すことが一つの目標である。または国としてのアイデンティティというのは統一されているというイメージがあるが、それは国家主義に関連しており、政治的な言説を拡大させ、社会の影つまり人種差別をかくしていると考えられる。
本研究ではそれを解決するよりも今後の比較研究においての新たな道をひらきたいしカルチュラル・スタディーズに提出することが私の目標である。
2. 本論
世界中では主な宗教は五つあり、それらは (1)キリスト教、(2)イスラム教、(3)ユダヤ教、(4)ヒンズー教、(5)仏教である。各宗教には三つの要素があるそれらは (1)創始者、(2)聖典、(3)建物である。しかしこれらの宗教が現れた際、すでに地元には伝統的な信仰がその文化の根底にあった。その信仰心は日本でもペルーでも初期の段階においてアニミズム(自然と共存する信仰)として形成されていたと見られる。宗教体系がアニミズム信仰と接触した時一般的に見て信仰心の表裏が現れたと思う。要するに権威のある宗教は政治と関連が強く公の場で活躍し、もう一方は代々伝わってきた信仰心として人々の心の中で存在してきたということである。
2.1ペルーの歴史的な記述
スペイン人征服者が16世紀に初頭ペルーを侵略し、土着宗教あるいはその民族の独特な儀式を本国に報告する際にこれらを悪魔のはかりごととしか見ていなかった。しかしスペイン人が征服を行う前にはインカ帝国があった。この分析ではインカ民族が帝国を創設する計画を立てていた時期の始まりから述べようと思う。
インカ帝国(11世紀〜16世紀)、いわゆるタワンティンスーユ帝国以前には全国で多数の部族文化があった。北部ではモチカ部族、中部パラカス部族、ナスカ部族、チャンカ部族、南部ではティアワナコ部族などがあった。それらは儀式や呪術など持ち、言語が異なっていた。汎神論であって植物や動物、気候現象など象徴をとしてカミガミを成り立たたせた。それにもかかわらずインカ人は自分の権利を伝播始まった際に彼らのカミを(太陽神、インテぃ)押し付けられなかった。
ペルーの思想家マリアテギ・ホセ・カルロスは 「宗教は帝国の社会的・政治的利害に従属していた。インカの宗教のこの側面は、従属部族もしくは被征服部族の宗教的シンボルをインカ人がとりあつかうさいの考えかたのなかに、はっきりとあらわれている。インカの協会は、これら住民の神を迫害したり避難することよりも、服従させることに心をくだいた。したがって( 首都クスコ)の太陽の神殿は、いくぶん連合的な一宗教、もしくは一神話の神殿に転化した。(中略)インカ族にとっての宗教は帝国に併合した住民の宗教心をとりかえることであるよりも、むしろかれらの宗教心を高めることであった。」と述べている。
各部族は自分のカミガミを尊敬し、あるいは代々伝えられた宗教的な思想を守りたがっていたので、インカは無理に太陽神の儀式を強要しなかったと思われる。インカ帝国の構造は国家と宗教が完全に一体化されていたものであった。したがって、その宗教は社会・政治体制と一体化し救魂の目的より現世の目標は重要であった。同時に各部族長インカ政権に対して類似な行動を持っていたといえるのではないか。互いに利害を与えれば両側の信仰や儀式など敬いしかし第一次は常に自分のなじんでいたカミガミであった。
今までの経過をみるとスペイン人が侵略する前にインカ帝国が支配していた範囲において神教(太陽神)が伝播されケチュア語も共通語として使われていた。すなわちスペイン人が入国初期からインカ人のネットワークを建てられていたので征服することに対して抵抗がなかったしキリスト教の宣伝も受けやすかったと見られる。したがってスペイン人がインディオたちにキリスト教の教理を急速的に受け入れさせたのは驚くべきことである。つまりペルーの民族思想は形而上的な概念ではなく実習的な考えである。マリアテギは 「この宗教は,複雑な抽象的概念ではなく、そぼくな寓話からなっていた」と述べている。
タワンティンスユ多様の民族はスペイン人の植民になってから酷い扱いを受け奴隷の取りのような扱いも受けた。インディオたちの人情は根強く、しぶといであり、自然と生きてきたのでの条件を同じように受け入れたのではないのか。インディオたちはキリスト教を認めたが、形式的であったため、彼らは自分の背景にあった知識、思想、呪術などを持ちつづけていた。結局かれらは外教を最初に採用しそして適用し最後に同化したと思う。したがってスペイン人が強制的にキリスト教を受け入れさせたのではなくその民族の好む部分を自分に合うように取り入れたのではないのか。
2.2 日本のアニミズムと仏教
本来日本の宗教的な信仰は自然との関わりによって生みだされたアニミズムのような多神教であった。代々祖先から伝わってきた知恵、習慣,思想など口述の形であったと示している。日本列島の原住民の世界観ではおそらく人間社会より自然の世界の方が重要であると考えられていた。したがって災いが起こったさいに「しかたがない」というように、いわば果無む感情があったそうである。当時の原住民は山森側に居住していた人々と海側で生活をしていた人たちと二つのタイプに分けられていた。したがって日本では部族のような民族がいてそれぞれのカミガミを持ち、儀式を行っていた。
各部族、おそらく現在の沖縄の人々とアイヌ民族のような人々は自分の環境による多様なカミガミを創り特徴的な山岳信仰と海洋信仰を生みだしたのではないのか。その自然のなかで目に見えるものと目に見えないもの、すなわち見える存在と見えない存在の固有の世界感を持っていた。さらにあの世とこの世の概念も現れた。それらは目に見えないもの「幽」「玄」、暗いことや死者の世界などと「生」明るいことや生者の世界である。したがって八百万の神と呼ばれあの世の霊(怨霊、悪霊、幽霊)の恐ろしいことに対して守るために様々なカミに信じていた。
他方農耕民族が現れた時期に山岳民と海洋民を徐々に追い出していった。その内に仏教が六世紀初頭中国より朝鮮半島を通じて日本に入り込んできた。その当時の貴族のみ受け入られたがその中でも賛成ら派と反対派に分かれていた。蘇我氏という代表者がいて崇仏に対しての賛成派であったが一方物部氏は廃仏派で仏教を認めなかった。
崇仏は優れたテクノロジーのある仏教を見られ日本に広がるべきだと思われた。反発した廃仏派は元々の祖先崇拝を信じ、さらに従来の自然環境を守るべきという立場をとった。この対立は貴族範囲で行われていただけで村人たちは自然のカミガミを信じていてと祖先崇拝の習慣と儀式を続けていた。したがって同時に日本では宗教というものは二つのレベルがあって、仏教と土着宗教、貴族だけは仏教をすばらしい制度として抱いていた。
仏教の教理として都市中心に何カ所かにお寺を建造していた。それは飛鳥時代と奈良時代の出来事であり平安時代に入ると山にお寺を造り始めた。この時代ではすでに仏教が本来の日本のアニミズムと出会って神仏習合という現象が起こっていた。鎌倉時代になると仏教は(神仏習合)田村で教られ、その頃には多くの人々と接触を起こしていた。したがって日本にある仏教はインドや中国のそれではなく、日本の原住民と同化した仏教であると指摘されている。立川武蔵は 「むろん、仏教と呼ばれるかぎり、インド仏教や中国仏教の伝統を踏まえてはいるのだが、仏教伝来以前の日本の文化の型にあいやすい要素、自分たちに必要な、あるいは都合がよいと思われる部分を取り出して、「日本の仏教」をつくりあげたという側面が顕著なのである」と述べている。
3. 結論
3.1現代のペルーと日本社会のアイデンティティ
ペルーの社会は複雑であり二重社会が同時に存在していると思う。 民族系の人口はおそらく80%を上回る。余人口はアジア系やヨロッパ系である。公用言語はスペイン語とケチュア語だが教育義務としてスペイン語だけとなっている。つまりこのようにペルーにおける民族の文化いわばその文化の背景は無視されているのである。
日本でも民族系の沖縄の文化とアイヌ民族の文化も無視されておりいわゆるという日本らしい文化は政府によって創られているのではないのか。現代日本の伝統的なイメージは国民国家を始めた時期から強化され唯一なアイデンティティの目標であっただろう。
ペルーであれ日本であれ各地にある宗教も含めた民族文化は、一般的な国民に認められていない場合が多い。その結果民族を差別し、それらが別の世界にあるように取り扱っている。言いかえると「透明な人間」のような存在にしているのではないのか。しかし実際は国家のアイデンティティというものは一つではなく、多種多様なのである。
綾部恒雄は 「だが、現実の諸国民国家の実態は極めて多様であり、到底国民国家とは呼び得ない国も少ない。現実には国民国家の理念に近い国はほとんどないといった方が実情に近い。アンダーソン(B.Anderson)がその名著『想像の共同体』(1983)で、「国民とはイメージとして心に描かれた想像の共同体である」と述べているのは、けだし名言である。(中略)このような政策が国家統合の上で不可欠であることは疑いないが、国民が多民族から構成されている国家においては、多様な民族をいかに統合していくかということが、最も重要な課題となる」と述べている。
日本人は宗教心がないといわれるが信仰心をもち毎年宗教的な儀式おこなれしかし無意識あるいは自分の家で習ったことを繰りかえ代々に伝わってきたことを身につけている。従来のアニミズムであり実習的な行動であり自然と共存でありそれを背景としてなっている。さらに幽霊に信じお守りを持ち生きている国民である。基本的に天国という概念を気にせず瞬間美を大切にする性格ももたれている。議論より実習に注目され日常生活のなかで自然のサイクルのペースを守り馴染みなものに信頼している。しかし本研究ではフィールド・ワークをせず明確にかぎらない。
ペルー社会に関してはキリスト教の90% 近くである信者たちがほとんどキリスト儀式だけに従っていない。シャマンに占ってもらい同時に他の宗教団体に参加している様子は珍しくない。例を挙げるとペルーにある真光宗教団体に参加しているひとほとんど他の宗教心を持つ。そして地方ではメソジスト教徒もいるし福音伝道者も最近増加していうる。日本人のようにペルー人もお守りを持ったり教会で神の恵みを願いに行く風景を珍しくはない。したがってペルー人にも神という概念は実習的であると思う。
このように両国は宗教的な習合現象を受け日本では仏教との関わりであり、ペルーではキリスト教とのである。しかしその前に日本には儒教や、道教など中国から入ってきていてペルーにはインカ民族の思想や儀式,文化などが影響されていた。にもかかわらず反発が強くではなく両国の原住民が和やかに受け入れていた。その結果その宗教を土着化いわゆる同化し歴史的に経過で様々なアイデンティティを生みだしたではなのか。
昨今のペルーと日本では宗教的な祭り数切れないがあり、それらの姿仏教やキリスト教の風景に見られるが人々の心では自分が信じているカミに祈ったり頼ったりするのは本音ではないか。ペルー人であれ日本人であってもダブルの社会に住み込まれてきているので表裏という現象を行われている。その表裏は人にとって本音と表を荒し、例え日本人は結婚する時に神道で行い、つまり元々のアニミズムに従って、しかし死ぬ時に必ず仏教で行われている。それは神道という信仰心は生きる間つまりこの世の信じることである。仏教はあの世死者の所、結局生きる間で役に立たない信仰心である。ペルーのキリスト教にも類似なものがあり、すなわち全国で行われている祭りは自然に対して何かを願っている。例えばセニョール・デ・ロス・ミラグロス「奇跡の主」という祭りはリマ首都に毎年の10月18日、19日、28日にはラス・ナサレーナス教会を出発し街中の通りで練り歩いている。この祭りの紀元は1655年リマ首都にあった大地震の関わりもあり、1687年10月リマ首都とカヤオ市(港町)を大きいな津波で被害された。
「奇跡の主」の祭りはそのもう一度あの災いを治まるために毎年繰り返し信者たちが様々な階級層の人々は参加しペルー人のアイデンティティを強化するといわれている。日本では京都の祇園祭りと比べるとそのように私は参加している人々を観察する。この祭り869年に疫病退散を祈願、日本全国の国の数の鉾66本をつくらせ、その祟りを沈めるために祇園御霊会をおこなったのが始まりと伝えられている。この祭りの風景は伝統的で日本のアイデンティティを評価され誇りのある行事に見られている。ところがこの儀式を両国で行われると国のアイデンティティをつくれるのか。いったいアイデンティティというのはそのものなのか。私は同意せず現れている現象が表裏の部分があり国家に関連しているイメージと国民を感じることである。当たり前と思われるが現代の両国ではマスメディアの影響で皆国のアイデンティティに対して統一であると思ってしまうだろう。
日本ではよくいわえる唯一の種国、現代でも沖縄の民族系とアイヌ民族系にたいして差別されている。社会の影として恥ずかしいことではないが若者はこの件について実感がなく公式的な世界しか見ていないといえる。ペルーでもそうだが学者たちは責任がありこれからそれぞれの基盤いわば文化の背景ますます深い研究を行うべきではないか。未だにの言説で満足したら多様多種な文化急速に絶滅するではないか。アイデンティティというもの一つ部分の特権ではなくどの民族でもの権利であると思う。
4. <出典参考>
・ 綾部恒雄『文化人類学最新術語』弘文堂 2002, P. 69
・ 山下晋司、船曳健夫『文化人類学キーワード』有斐閣有2002.
・ 立川武蔵『日本仏教の思想』講談社現代新書1995 P.11.
・ 武田清子『日本文化のかくれた形』岩波書店 2004.
・ イミダス2000別冊付録『全地球資料2000年ワールド・アトラス』集英社
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